ツネザワシのひとりごと その三。「城を経て」

ツネザワシのひとりごと その三。「城を経て」

こんばんは。ツネザワシです。
私事ではありますが、先日愛知へ行く機会があり、その流れで名古屋城へ行って参りました。
今回のテーマはそれに感化されたのか。「城」です。
城

◆城という字は「土が成る」。まさか、そのまんま?

すっかりおなじみの藤堂先生は、成を「丁+戈」としています。

ズバリ、あの武器の戈(ほこ)ですね。
戈
※出典・引用 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%88

上向きの刃と、直角に刃が付いています。

ここでいう戈(音読みだと、カ)は、道具のことです。道具を使って、とんとん打ち固めて城壁をつくること。
では「丁」は何かという話ですが、「音符(おんぷ、音をあらわすパーツのこと)」であり、さらに「うってかためる」という意味を持つということだそうです。

これが「成」という訳です。
ですから、成立、できあがる、なる、という意味にもつながっています。
城、というのも土+成で、イメージしやすいですね。
土を盛って固めて、つくりあげるのが、城。

「盛」なんかも、同系です。
皿(容器)の中に、盛り固めていくということなのです。
ここでは「丁」は、たんたんとたたくことを表しています。
土をどんどん盛り固める、ということですね。

◆白川の解釈は?ただの「戈」ではない!

では白川はどのような解釈をしているのか。
成を「戈+丨(コン)」としています。戈はそのまま、ほこなのですが「丨(コン)」は飾りの垂れている姿、だというのです。

戈の制作が終わり、飾りを付けて、祓い清める…ことで、完成する・できあがる、という解釈です。
ですから城という字の解釈も若干変わってきます。祓い清めることがポイントになってきますから、城というのは、祓い清められた城壁なのです。
(なんだかクドい表現である…。)

なお、城には「きずく」という訓があります。

◆城の話はまだ続く。もとの字形までさかのぼる。

さらには、城という字にもとの字があり、「ジョウ」というようです。
ジョウ
左の部分は「カク」といいます。

それが、この下の文字。
カク
この「カク」ですが、城郭の平面系を表しています。
もっと古い字形では、南北の部分が「やぐら」を示していたようです。

では今回はこのあたりで。

*出典・引用
『漢字源』藤堂明保:学研
『常用字解』白川静:平凡社

ツネザワシのひとりごと その二。「酒の部首」

ツネザワシのひとりごと その二。「酒の部首」

ひとりごとシリーズ二回目。
今回は「酒」という漢字についてです。

ひとりごと_02

◆「酒」という漢字の部首は「さんずい」ではない!

「酒」の部首…もしかして「さんずい」だと思っていませんか?
実はそうではなく、「酉(ひよみのとり)」といいます。
他にも、『とり』『さけのとり』など、様々な呼び方があります。

◆身近な漢字に含まれる「酉」
ひよみのとりは、「酒」以外にも「酢」「配」「酔」といった、身近な漢字にも含まれています。

「酉」は、音読みでは「ユウ」と読み、では何を意味する漢字かというと、ズバリ【酒つぼ】です。
酒つぼの象形なのです。確かに「酉」はつぼの形に見えますね。

そのため、お酒にまつわる漢字に多く使われています。
酩酊、酣(たけなわ)など、大人の方が目にする機会も多いことかと。

「酒」という漢字は、一見「さんずい」が部首に思えてしまいますが、あくまでも水…ではなく、酒がメインの構成要素なので、「ひよみのとり」が部首になっているのですね。

ツネザワシのひとりごと その一。「強と弱」

ツネザワシのひとりごと その一。「強と弱」

こんばんは。
ツネザワシです。
今回、新しくシリーズ化してみました。

強弱

「ツネザワシのひとりごと」
どうでしょうか。
今までと打って変わって、何の漢字を紹介するかわかりやすくなりましたよね?
しかもまあ、わざとらしいぐらい、赤で強調されてる部分があるぐらいです。
さっそく見ていきましょう。

「強」は虫!?

さて藤堂先生の説から。
辞書や学者の違いなどは、こちらの記事ををどうぞ。

藤堂先生、ズバリ「虫」だと述べています。
『がっちりしたからをからをかぶった甲虫』
※漢字源:学研 より引用。なおこれ、原文ママです。ものすごく、ストレートな表現です。

その前に紹介しなければならないのは「彊(キョウ)」。
『彊とは、がっちりとかたくじょうぶな弓』だと説明されています。

テグスと関係があった!?

さて、白川ですが、同じように、やっぱり虫だと言っています。
※『常用字解』:平凡社
その虫とはなんと「蚕」。
蚕は、歴史的にもすごく長い間、人間によって育てられています。
人間によって都合よく出来上がった虫なのですね。
生存するための機能も低下…というよりほぼなく、人間の手が加えられないと生きられないのです。
なかなか残酷な話ですが。

ところで。皆さん「テグス」ってご存知ですか?
太公望の皆さんは、よく聞かれることかと思います。
…太公望とは、釣りが好きな人、という意味もあります。

テグスとは釣りで使われる透明の糸です。
ボクも浅学だったのですが、テグスというのは、どうやら蚕と関係のある言葉のようです。
ズバリ、「テグスサン」。
テグスは、テグスサンという蚕から取れる糸だったのです。
正直、英語などの外来語だと思っていました…。日本語だったんですね!

さて、このテグスですが、なかなかエグい作り方をしています。
まずテグスサンの幼虫の体内から、絹糸腺というものを取り出します。
そして酢酸につけて引き伸ばす。
乾かして糸にする。はい透明の糸、テグスの出来上がり!!
…という訳なんです。なかなかエグいでしょ?
※出典『大辞林』:三省堂

さてじゃあここで「強」とどのような関係性があるかというと。
このテグス、つよいんです。強力な糸なのです。
これを、弓に張ると。そうすると、通常の物より、つよい弓になるようなんです。

では「弱」はどういうものかというと?

「弱」という字はどういう成り立ちかというと、お二方とも同じようなことを述べてます。
飾りのついた弓。
戦いのためではなく、儀礼用の弓なので、強くない弓、すなわち弱いということに転じるのです。
赤いチョンチョンの部分が、飾りを示しているんですね。

以上、ひとりごとでした。

漢字の歴史(2)甲骨文字とその後

漢字の歴史(2)甲骨文字とその後

こんにちは。ツネザワシです。
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今回は、前回の続きです。「甲骨文字とその後」を、シンプルにご紹介します。

甲骨文字の出現~前回の復習も兼ねて~

 殷の時代に甲骨文字が出現しました。紀元前1300年頃のことです。殷の後期にあたり、この時代以前に文字が使われていた可能性も十分にあります。ただし、発掘された資料というのが、この甲骨であり、甲骨文字がが現存する最古の文字資料にあたるのです。
 亀の甲羅や牛・馬の肩甲骨に文字を刻み、 炙ることで発生するヒビ割れをもとに占いを行いました。 甲骨文字の中には、象形文字という実際の物の形や様子をモチーフに してつくられた文字もあります。

金文の出現

 金文とは、青銅器に鋳込まれた文字です。青銅は、言葉は日本史や世界史などでよく聞きますよね。古くは銅のことを金と呼んだため、金文という訳なのです。

 余談ですが…
青銅とは、銅と錫(スズ)の合金です。銅は、金属の中でも珍しい、色のある金属でです。祭器や武器として、幅広く用いられました。錆びてしまっているため、どうしても「緑青」のイメージが強いですが、本来は黄銅…すなわち黄色だったそうです。
銅は加工性に優れ、また耐久性もあります。現在でも高級調理器具メーカーが銅の鍋などを売り出していますね。また、古代エジプトやヨーロッパでも、銅は用いられておりました。

 閑話休題。青銅器というのは、当時王が褒美として諸侯や重臣に与えるものでした。また戦いの勝利を記念し、後世への記録を残すためにも、金文は鋳込まれました。その字体は、甲骨文字よりも肉太に、そして装飾的です。ですから、金文の方がより「絵」に見えることもあるでしょう。

篆文については、また今度!

「申」の成り立ちを例に
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 画像は「申」の字の、甲骨文字、金文、篆文を並べたものです。申は、雷の象形であり、稲妻を表しています。雷は、神が発するものと考えられており、そこから「もうす」という意味に繋がったのですね。確かに、甲骨文字の申はグニャグニャと屈折しているものの、稲妻の形に見えなくもないですね。もちろん、甲骨文字の書き手もいろいろな人がいたのでしょうから、もっとカクカくとした字形で表現する人もいたことでしょう。

 「神」の字に「申」が使われているのも納得ですね。なお「しめすへん」は、その名の通り、「示」のことであり、神への儀式などを行う台を表しています。

ちなみに、雷がいわゆる「ジグザグ」している理由は科学的に解明されています。これは話すと長くなりますが、せっかくなので…雷は進みやすいルートを進んでは止まり、進んでは止まり…繰り返しながら進んでいきます。大変短い時間でそれを繰り返すので、ジグザグの形になるのです。雷の話も、また機会があれば。
 
この屈折した稲妻がもとになり、申という字には「のびる」という意味もできたのです。ですから「伸」や「紳」にも同じパーツや音があるのです。

 こういったように、意味を表す部分と、音を表す部分を持っている漢字を「形声文字」と言いますが、これはまた今度、詳しく…

 そうして、私たちが現在使っている漢字は、この甲骨文字や金文、篆文を経て、さらなる字形の変遷があり、ようやく「楷書」に落ち着くことになるのです。

参考文献・引用
『殷 中国史最後の王朝』落合淳思:中公新書
『常用字解』白川静:平凡社
『漢字源』藤堂明保:学研

漢字の歴史(1)甲骨文字、そして象形文字

漢字の歴史(1)甲骨文字、そして象形文字

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こんにちは。ツネザワシです。

先日大阪の中学校にて、漢字講座を行いました。
放課後学習に力を入れている中学校であり、「漢字検定対策」と「漢字に興味を持ってもらう」ことをテーマに授業を開催。

漢字に興味を持ってもらう、そのテーマに選んだのは、ズバリ、甲骨文字と象形文字についてです。今回は授業で行った内容を含め、甲骨文字と象形文字についてシンプルではありますが、補足を入れつつご紹介したいと思います。

※中学校の放課後学習に関しては、また後日詳細をお伝えします。

漢字の出現

今から3000年以上の前の中国の話です。
紀元前1300年、この頃の中国は 「殷」という名前でした。殷の時代では「甲骨文字」という文字が使われていたのです。

甲骨文字の世界を少しだけ覗いてみましょう。 殷の時代では、亀の甲羅や牛馬の肩胛骨を炙り、発生した「ひび割れ」をもとに占いを行いました。

具体的には、甲骨に占いのテーマを刻んでおきます。穴を穿ち、熱した棒を当て、甲骨を炙ることで、ひび割れが発生します。このひび割れは「卜兆(ボクチョウ)」と言われます。この占いのテーマ、すなわち「卜辞」と、卜兆の結果を照らし合わせるのです。
この結果が、王の行動指針となり、さらには王の政治的権威や神性をも高めます。
また占いは儀式的なものへと変わり、実際には甲骨に細工を施すことで、王にとって都合のよい卜兆を出すことも出来たようです。

ところで、皆さんは「卜」という字を知っていますか?
水卜麻美アナウンサー、彼女の名前の「卜」は「カタカナのト」ではありません。うらなう、という漢字なのです。「占」という漢字をよく見てみると、確かに「卜」が見つかりますね。
この「卜」や、他にも「兆」という漢字は、このひび割れをもとにしてつくられた文字です。

なお、「兆」には二つに分かれるという意味もあるため、
「挑」…二つの仲を裂く、
「桃」…二つに分かれた果実、
と繋がるのです。

※『漢字源』藤堂明保:学研

甲骨文字は5,000字程度発見されていますが、すべての文字が解読されている訳ではありません。2,000字程度解読されています。また、まだ発見されていない文字もあることでしょう。
甲羅や肩胛骨に刻まれていた字、だから「甲骨文字」なのですね。
亀の甲羅といっても、お腹側、「腹甲」に刻みます。また牛馬の肩胛骨は、単純に大きいため、刻みやすかったのでしょう。

なお当時中国では、農民たちが甲骨を「竜骨」と称し、甲骨を薬として売りさばいていました。文字が刻まれていると、竜骨として成り立たないため、削り取られ、不要な甲骨にいたっては捨てられてしまいました。この際に失われた文字も、もちろんあることでしょう。

象形文字とは?

甲骨文字の中には、絵のような文字があります。現代の私たちが使っている文字とは大きく異なりますが、漢字の中には「象形文字」という、実際の物の形や様子をモチーフにしてつくられた文字もあるのです。

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※公益財団法人 日本漢字能力検定協会
漢字教育サポーター 素材集・付録集より引用

こちらに紹介している甲骨文字はあくまでも一例に過ぎません。
また資料よりスキャンし、アウトライン化し取り込んだものなので、若干のゆがみがあります。
甲骨文字は、当時、殷の占い師など文字を扱う職業の者たちがまとめあげたものだと言われています。この占いを行う者たちは、「貞人(テイジン)」と言われています。

古代中国の伝説では、「蒼頡(ソウケツ)」が鳥の足跡をヒントに漢字を生み出したと言われていますが、あくまでこれは伝説でしょう。
文字の起こりに関しては、自然発生的な部分もあるとは思いますが、もちろん人為的な部分も大きいと考えられます。ですから、甲骨文字が100%最古の漢字、とは言い切れないのです。今後新たに甲骨文字よりも古い、考古学的な資料が見つかれば、ひっくり返るワケです。

今回はここまで!

参考文献
『漢字-その生い立ちと背景-』白川静:岩波新書
『殷 中国史最後の王朝』落合淳思:中公新書
『白川静 漢字の世界観』松岡正剛:平凡社新書

漢和辞典アレコレ 〜辞典によって何が違うのか〜

書店には漢和辞典がたくさん並んでいますが、一体何が違うと言うのでしょう。
知ってるようで意外と知らない、辞典の違いを紹介します。

*研究者が変われば、字の成り立ちも変わる

まず、多くの漢和辞典は『説文解字』という、中国の古い辞典をベースに作られています。
後漢の時代、許慎(キョシン)によって著され、数多の漢字が解説されています。

ただ説文解字が編集された頃は、まだ古い字形である甲骨文字が発見されていませんでした。
つまり、甲骨文字を基にした解釈が説文解字には載っていないのです。
また、研究者によって漢字の解釈も異なります。
そのため、世に出ている漢和辞典は、編者によって内容が異なっているのです。
勿論、共通の認識もありますし、『説文解字』がすべてではないことも確かです。

藤堂明保
学校の図書室に置かれていた『学研漢和大辞典』を覚えている方もいることでしょう。『広辞苑』のように、分厚い辞典なのです。
藤堂の基本的な考えは、「漢字の音と特定の意味の結びつき」というものです。そう、漢字の音を重視したのです。
文字は言葉を視覚的に訴えて表す道具に過ぎない、というのは、社会言語学の捉え方に近いかも知れませんね。
ここでポイントになるのが、藤堂の「単語家族」というアイデアです。
字の音と音同士が近ければ、共通の意味を持つ、というものです。なかなか日本語ではイメージが湧きにくいかも知れませんね。

例えば、「青」と、「晴」「清」「精」を見てみましょう。どれも「セイ」という音を持っています。(※あくまでもこれは、日本での音なので、中国本来の音は違うのです)
この「セイ」と言う音を持つこれらの字には、澄み切ったものという共通の意味があると捉えられます。この「セイ」という音と、ある特定の意味が結びつくのです。

加藤常賢
説文解字を基に編纂。ただ「民俗宗教」も解釈に導入しています。
例えば、古代中国の社会における「シャーマニズム」を例に挙げましょう。
シャーマンは、超自然的な力を扱い、また人智を超えた存在と交信できる存在でもありました。
古代の社会において、こういった能力を持ったシャーマンは「指導者」でもあったのです。
概して、シャーマンは背中の曲がった、柔弱な人でした。これは老人の特徴でもありますね。
…このような「シャーマニズム」解釈が随所に導入されているのです。

諸橋轍次
世界最大の辞典、『大漢和辞典』を編纂。大修館書店から他にも『広漢和辞典』『漢語林』等が出ています。鎌田正、米山寅太郎は、この諸橋轍次の流れを汲む訳です。
大漢和はやはり流石というべきもので、親字数は5万字、そして前15巻に及び、お値段も25万円という代物。その情報量の多さには目をみはるものがありますね。
古い辞書や文献から、データが掻き集められており、世界最大というのも頷けます。

白川静
近年人気の研究者であり、独特な文字解釈が取り入れらています。
『字統』『字通』『字訓』の三部作が有名ですが、より一般的なものでは『常用字解』が身近なものでしょう。

白川の考えの一つである「サイ」は「神への祝詞を入れる器」を示し、これが最大のポイントでもあります。
この「サイ」によって、新しい切り口の解釈が行われました。
それは今まで「口(くち)」だと考えられていたものを「サイ」として再検討したのです。
また古代の儀礼・呪術的事象を、数多くの資料から調べ上げ、字の成り立ちを説明しています。
ただ、白川の解釈に懐疑的な意見も多いのも確かです。
学会でも、藤堂派、加藤派、白川派…というように様々な派閥が存在しているぐらいなのですから。

私自身、この『白川文字学』は興味深いものと感じますし、児童の漢字学習の助けになるとも思います。やはり白川の考え方は、確かに「入り易いテーマ」だと思います。
※小ネタとしては、福井県の教育委員会が白川文字学を大きく取り上げています。
これは白川が福井出身ということもあるでしょう…。
地方紙である、福井新聞でも白川文字学が紹介されています。

*まだまだある、漢和辞典
紹介した研究者が全てではありません。勿論、日本ではなく、中国の研究者もいます。
そして、上記の辞典以外にも世の中にはまだまだ数多くの辞典があるのです。
旺文社、岩波、小学館…各社、ありとあらゆる辞典が書店を賑わせているのですね。
さらには、古い時代の辞典もあるのです。

例えば『康熙字典(コウキジテン)』。聞いたことがある方もいるかも知れませんね。
清の時代、「康熙帝」の命令によってまとめ上げられたものです。
上述の、説文解字よりも後にできたものにあたります。

*文字解釈は一つではない
漢字学習において、覚えておきたいこと、それは文字の解釈は一つではないということです。
近年ではテレビやインターネットで漢字の成り立ちをよく見聞きすることかと思いますが、実際のところ、その成り立ちの解釈が「誰」の解釈なのかは、同時に説明されないケースが多いように感じられます。

前述の通り、漢和辞典一つをとっても、多岐に及びます。
勿論、編者も説文解字を基にとはいえ、各々の解釈が及んでいるのです。
私たち漢字学習者は、広い視野を以て、取り組む必要があります。
ただ、その学習の中で、好きな研究者は出てくることでしょう。
また、使いやすい・読みやすい辞典というのも見つかることでしょう。

結局のところ、漢字は古いものですし、その「情報源」も同様に古いものなので、どうしても正解がわからない部分が大きいのです。
正解がわからないために、私たちが思い巡らすことも可能になっているのですね。
さて、まずは、楽しむところから始めましょう。

ツネザワシ

「挨拶」を掘り下げる

「挨拶って基本なんです。」

職場で資料を見ていたら・・・
『「挨拶」とは本来相手の心に云々』と書いてあり、アレ?と思う。
確か、相手を「うつ」ことじゃなかったか、と記憶してたので、調べる次第。

そしてまあ『新漢語林』をササーッと引いてみると、

「挨」①うつ ②おす ③せまる
「拶」①せまる ②ゆびかせ(指を責める刑具)をする ③せめる
とある。

では心云々は!? ソースは!? と思うのですが、
禅宗の僧の問答が云々という記述も、確かに後から出てきます。

これだけでは、どうも腑に落ちないので、白川先生の、『常用字解』も引きました。
「挨」に関しては『説文解字』がベースで、背をうつ、おす、ということのようです。

「拶」に関しては、別の解説も載っています。
人の首を切って~頭髪の残っている頭の骨を~手で拾う形~と。
ただ、古い字形がわからないので、元の意味はわからない。
ふむ、なるほど、わからん。

さらに「挨拶」について続く。
どうやら唐代以降の用法であるらしい。
「韓愈」の『辛卯(シンボウ)の年、雪ふる』の詩に、後ろからせまる、という意味に用いている。

指攻め、については記載はあるが、いつ頃だとか、何に載っていたか、とは詳しく書いておらず、よくわからないまま。
しかも、大勢の人が他人を押しのけて前に出ようと押し合う・・・意味に、いつの間にかフェードアウトしている。

ネットで調べると、確かに禅宗では~、禅問答では~、 など、解説がヒットしますが・・・
なんともモヤモヤするばかり。 はたして。

異・畏・翼 の話

異・畏・翼。
3つの字について、見ていきましょう!

★白川静の見解

お馴染み、白川の『常用字解』から。
※『常用字解』平凡社:白川静

ズバリ「異」を人間ではないモノ…そう『鬼』だと語ってます。
異=田+共と書きますが、田の部分を鬼の頭部だと考えているんですね。
人が死んで、「人鬼」となると。大きな頭部であることも、人間ではない存在だと語られてます。

我々が今イメージする鬼とはちょっと違いますね。
このような、神異のモノが、両手を挙げている様子を表した字であり、
ことなる、すぐれる、あやしむ…という意味に繋がったと語られます。
象形とはちょっと意外ですね!?

●画像●

この見解は他の字にも繋がっており「畏」も、やっぱり鬼だとしています。
鬼が杖を持っている様子…つまり、これも象形ですね。

★一方『漢語林』では

鎌田・米山の『漢語林』ではちょっと違う見解が載ってます。
※『漢語林』大修館書店:鎌田正、米山寅太郎

「異」という字は、仮面を被った人だとするんですね。
確かにそれもわからなくもないですね。

お面を被った人が、両手を挙げている様子…とこの辺りは同じような考え方です。

「畏」はどうかというと、こちらでは【鬼=人間ではないモノ】として解説されてます。
ただ、杖を持っているのではなく、「鞭」となっています。
人間ではない、あやしいやつが鞭を持っている…ことで、おそれるという意味になったと。

静止状態では、鞭なのか杖なのかよくわかりませんが…。

なお説文解字では、鬼+虎として書かれているようです。

★なぜ翼は羽+異なのか?

羽でも付けた鬼なのか。仮面男なのか。

白川はここで金文の例を挙げています。
(※金文というのは、昔の青銅器に掘られた字体のことです。)

「異」という字が「たすける」という意味で使われているらしく、「異」が「翼」の元の字であったと解説されてます。
そこに「異」+「羽」ということで、「翼」になったと。

ですから【扶翼】や【翼賛】といった、たすけるという意味を持つ熟語も紹介されています。
日常ではなかなか見ないですけど。

漢語林の方でも、両手を挙げてる人に羽が付くことで、翼ということになってます。
さらには、両手を挙げてたすける、ということにも繋がり…
そのため翼という字には、たすけるという字義があると解説されてます。

なお説文解字では、「翅なり」ということらしいです。
ストレートな解説ですね。

★「異」の成り立ちはどこへ行った?

となると、鬼&お面男の話はどこへ行った?というカンジですよね。
それこそ、羽の生えた鬼が~仮面が~という会意・象形ならまだしも、だいぶ話が飛躍してしまっています。

金文に用いられている「たすける」という意味がどういう流れで使われ出したかもわかりません。
両手を挙げてたすける~というのは、儀礼的な様子か何かだったんでしょうか?

正直、絶対的な正解がない以上、よくわからないと言ってしまえばそれまでですが…
「異」というのはタダの人間ではなさそうですよね。

単純に、人ではない、鬼なのか。
仮面を付ける必要があった人物なのか。
そしてさらに他の人の助けとなる存在…
というように考えられるんじゃあないでしょうか。

以上、異・畏・翼の話でした。

音・暗・闇 の話

音・暗・闇 の3つを見ていきましょう。

門というのは、神を祭る戸棚の扉の形であり、
その中で、器(=サイ)と針を置いて祈る、と。
そうすると、神が反応して音を出す、と。

この器と針、そして神のかすかな響きを示したものが「音」という字になる訳です。

やみの中で神のお告げを聴く。
「闇」は、夜更けの中で神の訪れがある、というもの。
その状況が「暗い」ということに繋がる、とも説明しています。

現代では、くらやみの中「聴こえる!」だなんて言い出したら、危ない人認定ですが、
古い時代であれば、聴こえる人=すごい、ということなんでしょう。
だからこそ、巫覡(=ふげき、シャーマンのこと。白川の本では、しょっちゅう出てきます。)は、重用されていたのでしょう。

ここで、「耳」「聖」「聴」といった、耳をパーツに持つ字のお話にも繋がるんですが、まあそのうち。

*実際には、白川文字学の基本である「サイ」とか、入れ墨用の「辛(=針のこと)」の話とか
色々出てきてますが、今回はちょっと割愛します。

白川の考え方は、全体を通じてストーリー的であったり、魔術的であったりオモシロイ解釈でありますが、
勿論、このような考え方に対する批判もあります。

★一方、鎌田&米山では、割とシンプルです。
「暗」というのは、くもっていて太陽がなく、くらい。

すごく、シンプル。
音を表す(=音符の)「音」が、「陰」に通じるみたいですね。

では「闇」はというと、「門」を閉じることで、くらくするということ。
ここでもまた、音を表す(=音符の)「音」が「暗」に通じる、と。
これもまた、考え方はすごくシンプルです。

*忘れないように覚え書き。
闇と、病みが、おなじ「やみ」なのは、何か意味があるのだろうか・・・。

最後にちょっと蛇足を。
闇(アン)は、現代では暗(アン)に書き換えてます。
例えば、闇黒は暗黒。
中学生が好きそう。

以上、音・暗・闇の話でした。

参考文献
『常用字解』平凡社:白川静
『新漢語林』大修館書店:鎌田正・米山寅太郎