漢字の歴史(1)甲骨文字、そして象形文字

inu_ko
こんにちは。ツネザワシです。

先日大阪の中学校にて、漢字講座を行いました。
放課後学習に力を入れている中学校であり、「漢字検定対策」と「漢字に興味を持ってもらう」ことをテーマに授業を開催。

漢字に興味を持ってもらう、そのテーマに選んだのは、ズバリ、甲骨文字と象形文字についてです。今回は授業で行った内容を含め、甲骨文字と象形文字についてシンプルではありますが、補足を入れつつご紹介したいと思います。

※中学校の放課後学習に関しては、また後日詳細をお伝えします。

漢字の出現

今から3000年以上の前の中国の話です。
紀元前1300年、この頃の中国は 「殷」という名前でした。殷の時代では「甲骨文字」という文字が使われていたのです。

甲骨文字の世界を少しだけ覗いてみましょう。 殷の時代では、亀の甲羅や牛馬の肩胛骨を炙り、発生した「ひび割れ」をもとに占いを行いました。

具体的には、甲骨に占いのテーマを刻んでおきます。穴を穿ち、熱した棒を当て、甲骨を炙ることで、ひび割れが発生します。このひび割れは「卜兆(ボクチョウ)」と言われます。この占いのテーマ、すなわち「卜辞」と、卜兆の結果を照らし合わせるのです。
この結果が、王の行動指針となり、さらには王の政治的権威や神性をも高めます。
また占いは儀式的なものへと変わり、実際には甲骨に細工を施すことで、王にとって都合のよい卜兆を出すことも出来たようです。

ところで、皆さんは「卜」という字を知っていますか?
水卜麻美アナウンサー、彼女の名前の「卜」は「カタカナのト」ではありません。うらなう、という漢字なのです。「占」という漢字をよく見てみると、確かに「卜」が見つかりますね。
この「卜」や、他にも「兆」という漢字は、このひび割れをもとにしてつくられた文字です。

なお、「兆」には二つに分かれるという意味もあるため、
「挑」…二つの仲を裂く、
「桃」…二つに分かれた果実、
と繋がるのです。

※『漢字源』藤堂明保:学研

甲骨文字は5,000字程度発見されていますが、すべての文字が解読されている訳ではありません。2,000字程度解読されています。また、まだ発見されていない文字もあることでしょう。
甲羅や肩胛骨に刻まれていた字、だから「甲骨文字」なのですね。
亀の甲羅といっても、お腹側、「腹甲」に刻みます。また牛馬の肩胛骨は、単純に大きいため、刻みやすかったのでしょう。

なお当時中国では、農民たちが甲骨を「竜骨」と称し、甲骨を薬として売りさばいていました。文字が刻まれていると、竜骨として成り立たないため、削り取られ、不要な甲骨にいたっては捨てられてしまいました。この際に失われた文字も、もちろんあることでしょう。

象形文字とは?

甲骨文字の中には、絵のような文字があります。現代の私たちが使っている文字とは大きく異なりますが、漢字の中には「象形文字」という、実際の物の形や様子をモチーフにしてつくられた文字もあるのです。

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※公益財団法人 日本漢字能力検定協会
漢字教育サポーター 素材集・付録集より引用

こちらに紹介している甲骨文字はあくまでも一例に過ぎません。
また資料よりスキャンし、アウトライン化し取り込んだものなので、若干のゆがみがあります。
甲骨文字は、当時、殷の占い師など文字を扱う職業の者たちがまとめあげたものだと言われています。この占いを行う者たちは、「貞人(テイジン)」と言われています。

古代中国の伝説では、「蒼頡(ソウケツ)」が鳥の足跡をヒントに漢字を生み出したと言われていますが、あくまでこれは伝説でしょう。
文字の起こりに関しては、自然発生的な部分もあるとは思いますが、もちろん人為的な部分も大きいと考えられます。ですから、甲骨文字が100%最古の漢字、とは言い切れないのです。今後新たに甲骨文字よりも古い、考古学的な資料が見つかれば、ひっくり返るワケです。

今回はここまで!

参考文献
『漢字-その生い立ちと背景-』白川静:岩波新書
『殷 中国史最後の王朝』落合淳思:中公新書
『白川静 漢字の世界観』松岡正剛:平凡社新書