古事記とレディーファースト

どうして女から男へ、先に声を掛けるのがアカンのか?というのが前回のお話。

★古代中国の思想が原因…?

いろいろなところで語られているのが、古代中国の思想。
ストレートに言ってしまうと「男は女より偉い」ってヤツです。
そういう思想を政治だとか普段の生活にも取り入れていく。
その足掛かりとして、古事記の中でもバッチリ、回りくどく描かれているワケです。

正直、割と納得してしまいましたが・・・。

★女性と、血と、魔力

ただここでお話が終了!というワケにもいかないので、他のアイデアも見てみましょう。
興味深いのは、古代中国における「女性と血」の考え方ですね。
ストレートに言ってしまうと「月経と出産」です。

女の人は、月経によって血を流すワケです。勿論、出産時も。
この血を伴うというのがミソで、「不浄な」存在として扱われるんですね。
さらに、出産という豊饒性、血という生と死の両義性によって、女性は「創造できる」スゴイ存在なのです。

確かに、子供という新しい生命を産みだせるのですから。
ただ神事や儀礼のときには、月経・妊娠を伴う女性は立ち入ってはならない、なんてことがあったようです。
さらに言うと、割と近代の台湾なんかでもそういう感じのようである。
今でも、出産前後というのは穢れた状態にあたるらしい。

★妊娠は曖昧!?

妊娠することで、一人が二人になるような奇妙な状態になります。
そもそも何が産まれてくるのかわからない。男?女?

もしかしたら奇形かも知れない。それこそ当時の奇形なんて、かなりインパクトあるかと。
古い時代なんて、近親婚が多く行われていたんでしょうから、遺伝の確率的にも奇形は多そうですが。

他にも、死産するかも知れない。
何なら、母親が死ぬかも知れない。
生と死がウヨウヨしている。
二項対立のモヤモヤした状態なのである。

で、こういう生命の創造力、というのは神々の力と対立するのです。
本来であれば、神様が一番スゴくなければならない、のに。
血の破壊力は半端ないのです。
これには都合の悪い人もいたことでしょう!?

★結局、レディーファーストがマズいワケ

こういう考え方でいくと、確かに女性を先にする、ってのはマズいんでしょうね。
それは時の権力者なんかにとっては、正に都合の悪いことなので、イイ感じに男性優位の状況を作り出す必要があったと。
結局行きつくアイデアは同じところですね・・・。

他にもキーワードとしては、漢民族の「氏族」とか「父系中心集団」ってところが挙げられるでしょう。

何にせよ、当時の日本が中国から色々取り入れていた以上、こういった概念も自然と入ってきた。
そして統治のためにウマイこと取り入れて使っていったんでしょうね。

このテーマはここまで!
古事記は奥が深いですね!

ところで、イザナキでもイザナギでもどちらでもいいんですが、イザナギの方が言いやすいですよね。
ここではイザナキで、統一して書いています。

参考文献:人文書院『性の民族誌』
「血の霊力 漢民族の生殖観と不浄観」植野弘子